EVICTION 強制退去が全米で大幅増加中
米国不動産投資家の中山道子です。
この前、NYTに、トランプ大統領の義理の息子さん、ジャレッド・クシュナー氏の不動産業についての記事を読みました。
Jared Kushner’s Other Real Estate Empire
基本、「格安で、低所得者層向けのアパートを取得、それには公的融資を使っている上、賃貸経営上、アコギな行動に出ている」という話。NYTは、朝○新聞と同じで、ビジネスパーソンから見ると、時々、「、、、」な記事があり、これは、そういう行き過ぎな感じがしました。
この記事によると、彼の会社は、
> ボルチモアなどで格安でアパートをゲットし
→ リスクエリアなので軒並み値段はあってなきが如しのところです
> フレディマックなどの公的融資を確保し
→ 別に大統領のコネがなくても誰でもやってることで、制度です
> テナントから過激な取り立てをしている
→ 例に取り上げられている女性は、家賃を払ったのに間違いがあって、取り立てがキツく、裁判所でも反論を聞いてもらえていないという例外的なCASE。
という感じで、個人攻撃感が満載。
いつもは記事に対してよいインプットを与える読者コメント欄を見ても、「なんてヒドイ人なの!」といったものばかりで、デジタルNYTの読者は、だれも不動産関係者、個人経営者じゃないようです。
ちなみに、NYTの自主発表によると、
デジタルNYTの読者層;
46歳女性、世帯所得は7万ドル以上
文化などのソフトな記事を好む層で、学歴は、、、高めなんでしょうね。(ピュー研究所のリサーチによると、実際の配達購読者層は、男性比率、高所得者比率がより高いらしいです。)
NYT and WSJ: The industry’s last newspaper war?
私自身も、ファンかどうかと言われれば、NYTは好きな新聞の一つですが、BLEEDING HEART LIBERAL(かわいそうな人のために涙するリベラル)臭がここまで来ると、現実に商売をやっている人間としては、「おいおい」となります。
なんてこんな偉そうな意見があるように見えても、実は気が小さいので、堂々と実名で記事にコメントをするのではなく、この日本語ブログで、横槍を入れるだけにしますが。笑
さて、前置きが長くなりましたが、実は、(低所得者層向け)不動産賃貸経営に参入しているのは、クシュナー氏だけではなく、いろいろなヘッジファンドとか、ビッグネームの会社も増えています。
ウオールストリートの不動産経営は、ここ数年の経済回復期に始まったトレンド。
2015年の報道からの例
This is the next big property investment
この2015年時のスターウッドキャピタル(ホテル業も経営)のCEOは、「今株式市場でこんなに儲かるところは見当たらない。ホテルを経営していると、地元の経済が手に取るようにわかるようになるが、南フロリダ、デンバー、シアトルとか、若くて高額のサラリーをゲットできる頭脳労働者なんかがたくさんいるし、家賃は上がる一方。こういうところの賃貸経営は最高だ」という趣旨のことを言っています。2015年の段階で、「当面、5,6年位はこういう形で資金のパーキングを考えている」といっていたので、まあ、とりあえずは、2020年位までは、何もなければ、こういう”配当狙い”の戦略なのでしょうが、このランクのビジネスにとっては、不動産は、「一アセットクラス」にすぎませんので、その後、賃貸市場から完全に撤退することだってありうるんでしょう。
レポーターが、「そういうオサレなところだけではなく、フツーの中西部田舎都市とかもやるんですか?」と突っ込むと、「やらない」と一刀両断。
Geographic play in an asset class (エリアを選んでいる)であると明言しました。
それに対し、同じ不動産でも、バリューを狙っていく戦略を取っている投資ファンドもあり、クシュナー氏は、そっちを行っているわけですが、そこは、ひょっとして、茨の道になっているかもしれない、というのが、このNYTの記事の本当の教訓です。
これら機関投資家の不動産賃貸経営手法においては、それまでの多くの小口不動産経営者があまり追求しなかった方法がいろいろ採用されています。
NYTの記事の中には、例えば、「既に退去したテナントの過去の滞納分取り立て」や、「賃金差し押さえ」が”悪辣”として紹介されています。
こういうメソッドは、これまでも、やること自体は可能でしたが、機関投資家が登場するまで、個人経営規模では、ほとんど追求されてこなかったからです。
理由は簡単。
NYTの記事が揶揄するように、クシュナー氏が「他の人に比べて、より悪い人」だからではなく、そうしたことをするには弁護士を毎回雇う必要があり、金も手間もかかるからです。
特に賃金差し押さえの場合、以下、私が知識を持っているミシガン州の状況を前提に説明しますと、相手の社会保険番号や住所のみならず、賃金が振り込まれる銀行口座の詳細も必要。回収が許可された後には、裁判所にも、回収ごとに回収手数料を払わなければいけません。取り立て自体をあまりきつくすると、出ていかせるプロセス自体がこじれたりしますし、そもそも、カネがないということで出ていった相手に対し、初期費用を投入して追求することが、どれほど効率的か、はっきりしないのですね。基本、ロス回収に目をやるより、予算の配分上は、アパート室内の模様替えに資金を使ったほうが効率が良いわけです。
しかし、ある程度の規模ができてくれば別です。
クシュナー氏のグループも、2万戸を管理しているということ。そうとなれば、大掛かりにやる意味があるわけです。1,000軒の回収をかけ、多少の間違いがあろうが、3割がどこからか回収できれば、賃貸経営のボトムラインは、劇的に改善できます。NYTの記事で取り上げられている「間違って回収をかけられているかわいそうな女性」は、いわゆる、COLLATERAL DAMAGE、つまり、単に「付随的に巻き込まれてダメージを受けている副次的な立場」にあるに過ぎないのです。
ということで、前後して、下の記事を思い出しました。
2017年の1月なので少し古い記事ですが、「ウオールストリートの投資ファンドが、最近、米国内で賃貸経営に着手し、テナント待遇は悪化」というお話。
ウオールストリートマネーが不動産に流れ込んだのは、この記事によると、2012年のベン・バーナンキ(当時)連邦準備制度理事会議長のサジェストに従ったものである模様。彼は、不動産市場に資金を注入しようとして考えたのだといいます。
Wall Street, America’s New Landlord, Kicks Tenants to the Curb
そして、今、アトランタの連邦準備銀行のある調査によると地元アトランタでは、「機関投資家は、個人経営者に比べ、2倍の確率で、強制退去訴訟を起こす」ことがわかったということです。遠隔の投資家で、しかも、決算書を株主に報告しなければいけないような人たちなんですから、当然ですね。
現在、家賃の値上がりは、貧困層を最もヒットしており、ピュー・チャリタブル・トラスツの調査によると、低所得者層の住居関連費は、2014年に、特に高くなっています。このことにより、実に、低所得者層(下3分の1)の所得比率の半額ちかく、4割が、住宅関連費に費やされることに相成りました。
これだけ住居関連費の比率が高くなれば、当然のように、ボロボロ滞納していくでしょう。
私はNYTのこの記者のように、「何も非がないのに、生まれだけでひどい目に会っているかわいそうな人達、ウルウル」とまではなりませんが、低所得者層向けの公共住宅政策の失敗のツケがこういうところに歪みとなって噴出してきているとは強く感じています。政府の責任という必要はなく、崩れ行く市民社会の問題点であるのかもしれません。
原因が、どこにあって、誰が解決するべきなのかについての政治的な立場は別として、ミニ不動産投資家にとっては、低所得者層向けの賃貸は、今や「ギャンブル」となりました。
2007年に、”1,000万以下からの不動産投資”を標榜したこのブログも、ここ数年、「もう、1,000万以下で買える家を買ってはいけません」と警鐘を鳴らすブログに様変わりしています。賃貸経営をするときは、スターウッド・キャピタルの経営者のように、地元デモグラフィーの調査を綿密にしないと、ジャレッド・クシュナー氏のように、悪者呼ばわりされることになる、というお話です。
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