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早期語学教育の問題点? 「バイリンガルに育てようとするのは間違いなのでしょうか」

今週、メルマガで、「トーク希望者様、無料トークタイムをお作りします」というコーナーを作ったところ、何人ものご返信を頂戴し、メルマガ発行の同日になんと3名様との会話が生じました。何というスピード感!笑

皆さん、考えられていることは、割合似ているようで、それは、あるいは、私のブログを読んでくださっているというバイアスがかかっているから母集団が「そういう集団」ということなのかと思いますが、共通テーマは、不動産プロパーについてのご質問のほかは、

> アーリーリタイヤする方法
> お子さんの(早期)教育

でした!

お子さんが小さいある方とは、「日本では、早期語学教育は、マイナス効果があって、まず日本語をしっかり、と周囲によく言われるのですが、自分は、英語は必須だと思っていて。インター向けの幼稚園に行かせているのですが、中山さんはどう思われますか?」というお話となりました。

日本では、「日本語教育をしっかりしないと、外国語教育をしても無駄」という考え方が一般的なことは、私も承知しています。

しかし、海外では、そのような考え方をする人にはあまり会いません。

そのギャップはどうしてなのか?

リサーチをご紹介します。(別に教育学の知識はないのでアバウトなレベルで失礼をしておりますが)

フランス語と英語のバイリンガル教育を行っているカナダはヨーク大学の心理学(バイリンガリズム研究が専門)の先生が、あるサイトに寄稿されていたのが、まず、ビッグ・ピクチャー的に参考になりました。

Second-Language Acquisition and Bilingualism at an Early Age and the Impact on Early Cognitive Development

タイトルは、ずばり、

「幼少期の第二言語習得とバイリンガリズム、知的能力発達にとっての影響」

この説明を読んでスッキリしました。

まず、欧米でも、20世紀の前半まで、早期複数言語習得は、「子供の知的発達にとってマイナスである」と判断されていたそうです。

その理由がどんなところにあったのかというと、実際問題として、バイリンガルの子供とモノリンガルの子供の学力テストを行うと、モノリンガルの子供のほうが、語彙力が豊富だからなんだそうです。

しかし、その後、「それだと、土壌がモノリンガル話者にとって有利なだけで、比較になっていないのでは?」という考え方が一般化し、バイリンガル話者のお子さんについては、「2つの言語のボキャブラリーをあわせて考える」というアプローチで語彙力を算出することになります。

そうすると、結果、「通常、バイリンガル話者のお子さんは、モノリンガル話者のお子さんと比べ、語彙力は同等か、むしろ上のケースもある」という結論になるそう。

そういえば、私も「帰国子女」なのですが、姉が、日本の地元の公立中学に転入することになり、簡単な学力確認を要求され、その際に「三角形の面積を計算しなさい」という問題が解けず、困ったという話を母から聞いたことがあります。

中学生にもなって三角形の面積が解けないとなると、「どれだけ学力が遅れているのだろうか」と先生方はショックを受けられたのかもしれませんが、当時、姉は、三角形の面積が算出できなかったのではなく、「面積」という日本語を知らなかっただけなのです。家庭では日本語を話していましたが、算数は英語でしか、教わったことがなかったわけです。まさに、これが、成長期のバイリンガル話者に典型的なボキャブラリーギャップ=「低学力問題」です。

この傾向は、一生続くことのほうが多く、おとなになっても、バイリンガル話者は、一つの言語における語彙力が、モノリンガル話者より小さいことが多く、話し方も、より平易だったりします。

私自身、最終学歴は、米国大学院修士号で、英語圏で暮らしてきた期間というのは、日本で暮らしてきた期間と比べても、別にそれほど短くないのですが、同ランクの学歴の米国ネイティブモノリンガル話者と比べれば、英語のボキャブラリーは、明らかに大きく劣っていると感じます。

次に、それでは、年をとると、語学習得はより困難になるのかと言うと、それは、そういうことは、ないそうで、そのため、「20歳になって語学学習をすること」に対し、「3歳から行うこと」に、語学習得上のメリットがあるということはないんだそうです。(発音、直感的な文法には、年令によって、習得度の違いが生じるが、実践力の観点からは、それらは、大きな問題とは判断されないため。)

それでは、第三に、脳の他の働きにおいてはどういうインパクトを与えるのかというと、一般論として、バイ/マルチリンガリズムにより、脳のいくつかの機能が活発化し、高齢者の場合、痴呆が進行していく場合でも、その差異には統計的有意性があるんだそうですが、反面、バイリンガル教育をすることで、ずばり、より「頭が良くなる」(何を持って頭が良いと定義するのかという定義の問題もありますが)のかというと、そういう研究成果はなく、脳の一部を活性化させること自体は間違いない半面、バイリンガリズムが知能自体をアップさせると考える理由もないんだそうです。

私自身、子供の頃からバイリンガル話者は多く知っていますが、やはり、それぞれの言語のボキャブラリーは、傾向として、皆さん、小さめでした。極端な話、6歳なのに3歳程度の会話しかできなかったりして、「言葉が遅い」と心配するハメになるわけです。

ただ、この問題は、より年齢が高くなるにつれ、遅れてではありますが、ある程度、解決していきます。

私の友人で、ご両親が日本からの移民組であるアメリカ人の男性がいるのですが、彼は、小さいときは言葉が遅く、中学生くらいになってようやく、学校の学力が普通になってきたそうです。

しかし、アイデンティティ的には、あるいは、周囲の目からしても、「劣等生」という認識になってしまい、高校でも、やる気が出なかったため、ろくな成績が取れませんでした。

ところが、高校4年時にSAT(米国の統一試験。日本の共通一次よりIQテスト的な要素が高い)を受けたところ、なんと、99パーセンタイル(トップ1%)の成績がほぼ準備無しで取れて、進学カウンセラーに逆に、呆れられたそうです。

  頭はいいのに(←SATの成績は最高)
  やる気が見られない(←高校の内申書はCばかり)

という位置づけは、公立大学進学にあたっては、相当なマイナス評価となってしまいます。彼は、結局、入試なしの全入制のコミュニティカレッジで大学生活を始めることになります。(その後4年制に無事編入)

今の彼は30代半ばですが、英語で話していると、普通のモノリンガル英語話者と比べても、語彙力はむしろ、より多い教養のあるランクの能力があるように見えます。また、日本語についても、20代に日本語教師のアシストをするJETプログラムで日本で数年暮らしたりして、熱心に日本語を勉強したため、会話能力に限って言えば、やはり相当なレベルの語彙力です。

大学生の時に専攻した心理学は、「金にならない」ということで、その後独学でプログラミングを勉強し、IT業界へ転職。見事、高所得/勝ち組へと様変わりしました。さすが、”IQの1パーセンター”です。

彼の例なんかは、上の研究の示唆する通り、「知的ポテンシャルとは関係なく、バイリンガリズムが、幼少期に遅れをもたらした」ケースということになりそうです。


結論

「早期バイリンガル教育をすることで、一見、それぞれの言語能力が低く見える時期が生じる。または、おとなになっても、それぞれの言語におけるボキャブラリー不足が続く可能性が高い」。

「語学学習という観点だけからすると、早期語学学習に、より大きくなった以降に語学学習をする場合に比べ、突出したメリットがあるわけではない」(発音がいい、文法が直感的になるといった程度。子供だから学習が早いというわけでもない。ただ、子供の場合、イマージョンしやすい環境を作りやすいために早く学ぶといった成果が出やすいので、発音や文法と相まって、学習が早いように見える。)

他方、「語彙力不足は一生続く可能性が高い半面、そのことの知的能力へのマイナスは、早期であろうと、それ以降の段階であろうと、どの段階で見ても、現実には存在しない。」(実際問題として、成長期には特に、「学力が低く評価されてしまう」状態は生じうる。)

最後に、「バイリンガリズムは、脳の活性化など一部活動にとっては、どの年齢においてもポジティブな意味がある」

が全世界的に見た現段階のリサーチの水準だと思います。

類似の結論が、ブリティッシュ・カウンシルのサイトにも掲載されているので、そちらも紹介します。


Does being bilingual make you smarter?

===

最後に


こういうリサーチ結果を、更に、いくつかの実際のケースに当てはめて考えてみましょう。

私の別の友人で、大変優秀な30代の女性がいて、彼女は、ティーンの時に中国からアメリカに移住してきました。

数年前に、ハーバード・ビジネス・スクールを卒業し、この世の春を謳歌していますが、彼女の英語は、正直、

「今でも変」

です。

この方は、工学部からファイナンスやマネージメントの方に行ったので、特段、語学能力が他者より高いことを要求されず、ロスはなかったように見えます。ただ、もし、ロースクールやジャーナリズムスクールに行くようなタイプの専門職を志向していたとしたら、正直、そういうレベルでやっていく英語の能力は無いだろうと思います。

同時に、彼女が中国語のモノリンガル、英語のモノリンガルとして成長していれば、そういう「語学の障壁」はなく、どちらかの国で、新聞記者になりたければ、なれたのではないかとも思います。

バイリンガルで育ったため、語学能力は、中国語、英語どちらを見ても、低く見えるケースですが、能力開花自体について見れば、多分、彼女の知的ポテンシャルは十分実現しているように見えます。社会的な成功からいっても、普通の米国人の5倍、普通の中国人の10倍稼ぐわけですから、低ボキャブラリーだろうがブロークンだろうが、こちらのほうがよかったとも言えるかもしれないわけです。(そこは価値観)

語学を習得することで、違う人生を歩むことが可能になること、多くの方にとって、その人生がより実りのあるもの、あるいは、別の意味で、実り多きものになることは、間違いないように思えます。

(週に2回英語のお教室に行くくらいの露出では、早期バイリンガル教育のレベルには入りません。いわゆる学校のフルタイムイマージョン教育をイメージして下さい。)

「語学学習」にだけ関係する上の研究成果自体を見るだけだと、早期バイリンガル教育をしようがしまいが、どちらでも構わないという結論になるわけですが、反面、実際問題として、社会人や大学生になってから語学イマージョンなりで、第二言語を仕事で習得できるレベルまでに習得することが、時間コスト的にいって、今の日本で、いかに困難か、ということを考えれば、予算があるご家庭が、お子さんがまだ小さくて、遊んでいる余裕がある時期から、早期バイリンガル教育を施すことには、大きな戦略的な意味があるでしょう。

私の例でいうと、私は、子供の頃から、学校教育は、英語と日本語とを交互に、父の赴任先の状況に応じてスイッチしてきましたが、その結果、中学生になると、英語の勉強にみなさんが割く時間がまるまる”自分の自由時間”となりました。

受験した大学すべてに合格できたのも(私のころは帰国生枠とかはありませんでした)、英語の勉強をする必要がなく、その分の時間を苦手教科に使えたからだと断言できます。

その後の今の生活の流れも、子供の頃からの多文化イマージョンなくしては考えられません。


こう考えると、日本の今の議論で、

「公立で英語教育を早くしても意味がない、むしろ母国語教育が遅れる」

というのは、ある意味、正しいであろう反面、本気でイマージョンさせる場合のメリットというのは、「母国語の勉強をさせる時間が減るから、テストの結果が悪くなってしまう」といった小手先レベルの話とは違う、ライフスタイル自体の変革をもたらすようなもっと根本的なところにあるものだということになります。

「ご家庭の資金力を持って早期英語イマージョン教育が可能な方」や、「ご勤務の関係で、海外赴任が必要なご家族」は、親がそうと思うなら、周囲に遠慮せず、どんどん、バイリンガル教育を進められていけばいいのではないでしょうか。

ただその際は、長い目でお子さんの成長を見る必要があり、日本国内で、日本式の受験をするにあたっては、不利になってしまう可能性があることを理解しておく必要があります。なので、海外で日本人学校に行かせ、あえて、早期イマージョン語学教育を狙わない正反対の戦略というのも、日本帰国時の受験戦争を想定すると、合理的な選択肢だということになります。また、せっかく小学校から高校までインターに行かせても、上で述べた私の友人のように、「大学入試時までに、仕上がらず、同級生はみんな有名大学に入ることが出来たのに、我が子は、そこまで行かなかった」といったことも起きてしまうかもしれません。

私自身は、バイリンガル的環境で育ち、そのメリットを享受し、今に至っているという実感があるため、子供にも、同様に早期バイリンガルイマージョン教育を受けさせてきました(英語と中国語)。子供が小学校の間、5年間中国に住んだのはそのためです。

うちの子は、私のように本好きではないため、マイナス面がより顕著で、まさに、「語彙力的低学力」児童。他方では、確かに、援用したリサーチが指摘するように、外国人が犯すような文法ミスは犯さず、また、英語も中国語も発音はきれいです。

ティーンとなった最近、年齢以上の本にもチャレンジする意欲がようやく出てきましたので、本人が努力を続けていけば、おいおい、遅れながらでも、まあ格好がついていくのかな、と。早期イマージョンの道を選択させたことで、「学力の遅れ」という課題に対面してはいるわけですが、反面、子供が、米国のような英語圏だろうと、対極的な大国である中国のような中華圏だろうと、大概のところでやっていけるところまで仕上がったという手応えは、もうあるので、我が家が設定した早期イマージョン教育の目標はクリアできたのだと思っています。

というのも、早期語学学習のメリットは、語学の勉強の先取りとか、発音がよりよいと言ったことであるというより、私に言わせれば、イマージョン、特に成長期のそれは、他カルチャーを直感的に理解し、ブリッジすることの出来るコミュニケーション能力習得を伴うカルチャー体験であるのです。

私の父は、日本の普通教育の中で受験英語を学び、勤務先の語学研修で英語に堪能になり、努力の成果あって、普通の欧米人よりずっと語彙力が豊富になりました。父の書斎には、大学や大学院で読まされるような本の原書がズラッと並んでいて、「これを趣味で読むのか、すごい人だなあ」とよく思ったものです。

しかし、当面の仕事には支障がなかったものの、反面、そんな父は、いろいろな人とのやり取りはヘタで、名刺交換をきっかけとする職場上の型にはまった付き合いしかしていなかった気がします。

子供が、「どこでもやっていけそうなところまで仕上がった気がする」と言うとき、私が念頭においているのは、狭義に中国語を話す能力であるというより、”中国のようなアウェー環境で、中国人とやり取りする力”のようなソフトで定義しにくいスキル(友情や人間関係づくりを含むリレーションシップ的な性質のもの)。これは、父のように、大人になって職場研修という形で行う語学学習においては、より困難になるのではないかと私は感じているのです。


===

早期語学教育、結論は、やるもやらないも、どちらもアリ。

親御さんは、ご自身の信念やご家庭の事情に基づき、自信を持って「我が家はこう」と判断されれば、いいのではないでしょうか。ご家庭の教育資金が潤沢な場合、やれは、成果が目に見える形で帰ってくる可能性が大いにあります。米国の大学の同窓会に行くと、若い頃からホームステイや留学を繰り返し、3言語マスター後、アイビーで医学博士と博士号2つを取得、なんていうランクの人にも会うことがあります。ご家庭といい、ご本人の能力、努力といい、すごいとしか言いようがありません。

他方、誰もが老後資金を崩してまで行うべきものではないだろうということも言えそうです。

普通のご家庭では、「これからは語学力が必須、ただ、普通の学校に行くだけでは足りないから、どう身につけるかは、自分で考えてくれ。就職した段階でのキャリアアップのためのゴールにしなさい」などと言ってしまっても、問題ないのです。おとなになってから習得しようとしても、学習能力自体が劣ってしまうわけではなく、早期語学イマージョンが知力アップそのものに繋がるというデータも無いのですから。

不動産と全く関係ないのになんか偉そうなエッセイになってしまいましたが、日本の普通の議論ではそれほど紹介されていないように見えるリサーチ結果をご紹介しました。

こういう世界水準の研究がどうなっているかという簡単なサーチを確認するにも、英語力がなければ、話になりません。今の研究や報道を見ていると、最新情報がすぐ日本語に翻訳されて一般人の手元に届くことは、期待できません。

語学教育は、まずは母国語をしっかり教えてから、という考え方が圧倒的な日本で、上の相談者様は、「自分の考えていることは間違っているのかしら?」と悩んでおいでだったわけですが、まさか、周囲の情報が、半世紀前の研究、学説に基づくものだったということは、思いもよらなかったでしょう。

より深く、現在の研究水準を理解すれば、「これこれこうだから我が家はこうしよう。ただ、その選択を下すことで、次に、こういう別の課題が生じるな」というように、好き嫌いレベルではなく、”情報に基づいた(INFORMEDな)決断”が下せるようになります。なんでこれほど情報量にギャップがあるのか、外から見ていると、理解に苦しみます。

米国不動産に着手される方々は、米国在住であったり、お仕事があったりと、理由があって、されている方が多く、ライフスタイル的にも、共通のお悩みをお持ち傾向がありますので、こんな雑文が、お役に立つことがあれば幸いです。


中山からのお願いです。
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