Shadow Inventory とは何か 2011年、12年の米国不動産市場が絶対回復しないわけ
まだ寒いですが、ようやく春の兆しが見えてきましたね。対米視察旅行のみならず、ゴールデンウイーク、お盆休みと、旅行の段取りばかりが進んでいる中山道子です。果たして、私には、計画性があるのでしょうか?アレ?その前に、確定申告があるんじゃなかったっけ、、、
ということで、この前は、2011年の米国不動産市場展望について言及したところ、何人もの方々から、反響があり、うれしかったです。
その節は、「米国不動産市場は、原則2年間は、回復しない」という暗い見通しを開陳しました。しかし、実は、資料の見方によっては、これは、暗い見通しではなく、現状シナリオ下では、最も楽観的な見通しである可能性があります。
その鍵を握るのが、shadow inventory 問題であると、その記事で、申し述べました。
Inventory は、在庫で、商品の事を指します。米国では、不動産市場における物件も、一般商品同様、在庫という言葉で表現します。
ここで、シャドーインベントリーが何を指すかというと、日本語で報道される場合は、”影の在庫”と直訳されるようです。
”まだ表に出てこない不良債権問題”の不動産版、滞納プロセス初期だったりして、まだ、正式に、リスティング(get listed; 市場流通)されていない物件を言うわけです。
もちろん、たまに、数日、返済が遅れたからといって、それだけで、shadow inventory になるかというと、そんなふうに、いたずらに用語を乱用しても実質的な意味はありません。そこは、通常、より厳密な定義をして、データ処理します。
論者は、影の在庫が何であるかについて、必ずしも、共通の認識を見せているわけでもないようですが、一応、一定の支持があるスタンダードアンドプアーズの定義を持ってくると、
++++Definition of Shadow Inventory by Standard & Poor's++++++++
outstanding properties whose borrowers are (or recently were) 90 days or more delinquent on their mortgage payments, properties currently or recently in foreclosure, or properties that are real estate owned (REO).
まだ市場に売りに出ていない物件であって、次のいずれかに該当するもの:融資を受けているオーナーが、現在、または、直近、90日間以上、ローン返済を滞らせている物件。現在または最近フォークロージャーにかかった物件。そして、銀行が担保差し押さえに至り、名義が銀行名義に変わっている物件。
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この90日間以上、返済がされていないというカテゴリーは、Mortgage Bankers Association(MBA、融資を出している金融機関の協会)という団体で、定期的にトラッキングしている"serious delinquent rate"(深刻な延滞をしている率)というデータを採用してのもの。(MBAの最新公表ページは、こちらから:National Delinquency Survey、NDS Press Release 2/17/2011)
スタンダードアンドプアーズの最近の分析(この記事の主たるネタ記事になっています)は、こちらから。
いったん銀行が物件を市場に出せば、それは、shadow ではなく、フツーの inventory。
それに対し、現在、”まだ市場に出せないが、ほぼ必ず、放出/整理されなければならない物件のプレ在庫”状態を見ないと、現在の不動産市場を正常化させることは、難しい、そこの膿を出し切ってしまわないと、正札のついた商品=物件が流通するような状況=リバウンドは、生じさせられない、というわけですね。
エリアフ・ゴールドラットのザ・ゴールみたいですね。そうでもないですか。
そして、このネタ元、スタンダードプアーズの1月25日記事を見ると、空恐ろしいグラフや結論が、出ています。
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スタンダードプアーズの評価:アメリカ不動産市場のNOW
■現在存在する全米の影の在庫が処分されるのには、今のペースだと、4年かかる
■直近、銀行の不良債権処分のスピードが落ちているため、滞納率自体は下がっているのに、結局、在庫処分にかかる時間は、増える予想
■一番処理スピードが遅いニューヨークメトロエリアに至っては、あまりに在庫処分に時間がかかるので、この調子だと、不良在庫処分には、10年以上かかる
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どうして、こんなことに?
そこには、いろいろな要素が、、、
まず第一に、オバマ政権下、融資条件改善ネゴを民間金融機関に促すため、75 billion (750億米ドル)という巨大な予算が計上されたことは、覚えている方もいるかもしれませんが、実は、この loan modification (融資条件改善)を行政が補助金をつけて促す仕組みは、残念ながら、思うような効果を挙げられていません。
300万人、400万人を救う!を掛け声に2009年の3月に開始されたHAMP(Home Affordable Modification Program、住宅返済を可能にする融資緩和プログラム)は、いわゆる loan mod(モディフィケーション)に対し、連邦の補助金を出すシステム。当初、毎月100万人という申請があったといわれているようですが、2011年2月財務省発表の最新データによると、累計で、2010年12月までに、HAMPで mod が達成できた件数は、なんとの52万件のみ。現在、17万件がトライアル中(3ヶ月、mod に基づく返済実績ができると、permanent mod に移行します)。
全部あわせても、全米で、67万件じゃ、”やらないよりまし”かもはしれないけれど、この現状を解決するというような話にはまったくなりません。
一応 mod が完了した場合でも、最終的に、収入が追いつかなくてドロップアウトするケースも多く、銀行やカウンセラーも含めて、関係者が、たくさんの連邦補助金を受けた挙句、再フォークロージャーする場合も多いというところで、当初の75 billionという数字に対し 、現在、そのうちの 4 billion(40億ドル) 位しか使えないで終わるのではというから、米国連邦政府のdinosaurぶりもトホホものですね。
40億ドルを68万件で割ると、一件解決について、ええと、、、
れ、蓮舫先生、ヘルプ!!
いや、ちゃんと米国上院でも、問題点を指摘するレポートは出てるんですけどね、、、
さて、フォークロージャー問題の第二の問題としては、銀行側は、あまりに不良債権が多いため、単純に追いつかない状態が生じています。
これまでは、滞納3ヶ月で、notice of default(滞納通知)を出すというシステムだったのに、それが、「そんなに早く処理しても、先がつっかえているから、おいておけ」状態になっています。あるいは、いわゆる、ロボサイニング(robo-signing)なんかでも指摘された書類不備問題ですね。やっぱり、『ザ・ゴール』みたいだ。
現在、多くの市場で、優勢なのは、銀行がらみの案件。
具体的に言うと、ショートセールと bank REO。
ショートセールとは、任意売却。名義は融資を受けた個人の名前でとどまっており、銀行と滞納者が協力して、担保を売却し、元本返済ネゴに入っている場合。通常、まだ、オーナー=滞納者が居住しています。
Bank REO というのは、フォークロージャーは、通常、郡で競売にかけられ、そのとき、第三者が、物件に入札してくれないと、銀行自身が、物件をゲットする羽目になるところ、そのようにして銀行が名義チェンジも終えた銀行所有の物件(通常この段階では空き家)。
このように、銀行がらみ案件が、市場の7割、8割である場合、そして、そうした案件がどんどん次から次へと出てくる場合、基本、市場は、このような案件のランクに応じた価格設定になっていきます。
マトモなオーナーチェンジ(普通の売買)は、「今したら損」と、みな、余裕がある人は、ますます、今の時期、売却になど出しません。
ということで、市場は、銀行案件により、価格が左右され、銀行としては、なおさら、
「まてよ。今月、100の案件があるが、これをいきなり全部出したら、すべて、最低価格で、担保価値の回収がますます危うくなってしまう。先月の成約数は、9件だったな。仕方がない。毎月、10軒ずつ、市場に出して、そこそこの値段を要求していくしかない」
となるわけです。実際、これをやらないと、利益を不当に阻害されたとして、株主に訴訟を起こされかねません。
このような中、最近の滞納者は、ローン返済をやめてから、2年位、物件に居住し続けることができる場合もあるといわれています。全員ではなく、逆に、ロボサイニング問題で表面化したように、銀行の不手際な退去要求に対し、訴訟を起こしたりと、戦っている人々がいるのも、もうひとつの現実ですが、、、
第三に、さらに問題なのが、ショートセールの売買手続。
Bank REO は、多くの場合、現状有姿(as is、現状ママのこと)で値段も、ぶっちゃけ。売れるときは、手離れが早いのですが、それに対し、居住者がまだいて、二番抵当権もついていたりするショートセールは、売買ネゴが大変で、現場の関係者は、フツーの在庫を処分するその手間に、悲鳴を上げています。
ラスベガスの例を挙げると、最近話したあるレアルターさんは、「これまでは、ショートセール案件の売り手レアルター側に回って、こういう物件を売ってあげるのは絶対いやだったけど、最近は、OKしているのよ。今は、長くても、1年で決済に持ち込めているわ。前は、ショートセール案件は、結局流れることが多くって、、、」というではありませんか。
いや、アメリカ人の忍耐って、日本人とツボが違うんですかね、、、郷に入れば、郷に従う、When in America, do as the Americans do. でございます、、、
こうした案件が輪をかけて多いカルフォルニアでは、確か、ショートセール案件は、初期から、結構スムーズに流れていたという認識が私にはあるので、処理スピードは、エリアによるわけです。
だから、スタンダードプアーズは、「ニューヨークは、処理スピードが遅いから、件数的には少なめだったけど、あれじゃあね。10年かかるからね」といっているわけ。確かに、ニューヨーク州って、フツーの決済でも1年とかかかる場合があるんですよね、、、
デトロイト、影の在庫31ヶ月、ラスベガス、33ヶ月。サンフランシスコは42ヶ月で、ニューヨーク130ヶ月、、、(TдT)
プラス要因としては、民間中心に、求職が増えていること、直近のここ2年くらいのローンは、滞納する心配がないくらい厳しい基準を満たしていること、銀行のプライベートな mod が進み始めていること(HAMPではなく)などが指摘されています。
今後も以上のような環境改善が続けば、一部の上の影の在庫問題は、市場に出回る前に、解決することを期待する余地もありえます。そして、今後、ショートセール案件が、より迅速に処理できる仕組みができれば、fire sale (売り切り)に世界の投資家が飛びつくことも、あるかもしれません。
ショートセール独自の売買プロセスにおいては、銀行のみならず、不動産屋さんの協力を得るにも、買主は、一苦労。
というのも、不動産屋さんというのは、コミッション制で働くのが原則のため、現在、低額の不動産については、あまり熱心に売買を手伝ってくれにくい状況があります。手間は同じなのに、たいしたコミッションにならないから、やっても生計が成り立たないわけですね。
しかし、小粒の物件が市場から払拭されないと、市場底上げにもなりませんし、低所得者層エリアの雰囲気は、相当悪くなりえます。銀行も、不動産屋さんの報酬システムを改善することを検討することができれば、、、いや、そういう場合にこそ、連邦資金が注入できれば、本当はいいのですが、、、ただ、そうならない理屈は、私にも、残念ながら、わかります。
以上、いろいろ羅列しましたが、こんな状態の米国不動産市場ですので、3年後、4年後にどうなるということを、今言うのは、難しいのではないかと思います。
だけど、当面、2011年、2012年は、こんな感じで確定なんじゃないでしょうか、、、
再度、これらの想定に基づく2011年の対策については、こちらから。3月5日セミナーでも、これらの点、お話しするつもりですので、ご質問等ウエルカムです。
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