私が長期不動産投資をしなくなった理由
対米不動産投資家の中山道子です。北米中西部は、たいしてすることがない地味なエリアですが、夏は、両海岸に比べ、比較的涼しく、過ごしやすいです。この数週間の間は、散歩の都度に桑の実(mulberries)を摘むのが趣味になっていました。流通が難しいせいだろうと思いますが、現地の人達は食べる習慣がないため、摘んでいるのは、全員中国系の中高年女性ばかりです。(笑)
今日のお題は、「長期投資は予測が難しいから最近は避けてるんですよね」という、一言で言ってしまうと、「そりゃそうだろうよ」で終わってしまうお話です。笑
2017年7月の今、読み始めた本に触発されたブログ記事です。
本の名前は、RICHARD FLORIDAの THE NEW URBAN CRISIS。関連して、彼の過去の本を幾つか図書館で合わせて取り寄せ、復習中です。
リチャード・フロリダ先生は、『クリエイティブ資本論』の著者。元の本は、2002年の出版だったのですが、邦訳出版が出たのは2008年ですから、当初は、日本では、ちょっとマイナーリーグ扱いですね。
2002年の原著"The Rise of the Creative Class"は、21世紀のニューエコノミーを紐解く本。内容は、だいたい下のようなイメージです。
「米国の都市部は、70年台には空洞化し、その後、郊外が中産階級の主たる活躍の場となった。しかし、20年経った今、都市は脅威の復活を遂げ、知識層の逆流が始まった。都市部の創造的な仕事に携わっている層が、21世紀型経済の将来を牽引していくのだ」
フロリダ先生は、この本をもって一躍都市学の寵児になり、もともとはフツーの大学のセンセイだったのが、米国のいろいろな都市から、「わが都市の村おこしを手伝ってくれ」的なコンサルティングの依頼を受ける”Aリスター”になった模様。
それまでの都市開発、再生論というのは、米国では、お定まりの「税金負けるから工場作ってくれませんか?」みたいな泥臭い企業誘致策しか生み出していませんでした。
しかし実際には、リアルに社会の動きを見ていると、オハイオのどこどこ市でいくら税金カットなどの優遇・誘致政策を立案しても、結局、優良企業はシアトルでの起業を選んでしまう。いい、クリエイティブ・クラスが選ぶ仕事は、エンジニアとか、IT、医師・弁護士、そして、関連する高所得の金融関係の仕事など。
その理由を、フロリダ氏は、
「クリエイティブ人材に対し、(一部の)都市がいかに魅力を持っているか」
に求めます。
「企業は、人がいないと成り立たない。企業は優秀なクリエイティブ人材の採用をするためには、ノース・ダコタ州ファーゴではなく、マサチューセッツ州ボストンに立地を求めるしかないのだ。」
となると、このロジックを逆流させる形で、
「おらが村でも、クリエイティブ人材のハブを作れば、そこから、自然発生的に経済が成長していくものだ」という政策案にも繋がるわけです。
このテーゼの成功を受け、彼は、引き続き、似たような”都市アングルの本”を幾つか手がけ、2010年の"The Great Reset - How New Ways of Living and Working Drive Post-Crash Prosperity"『グレート・リセット―新しい経済と社会は大不況から生まれる』(2011年)にいたっては、うっかり、不況からの復活は、引き続き、この層の牽引力にかかっていると主張してしまいました。
しかし、この時期、並行して貧富の差が拡大していく様がデータでリアルに明らかになってしまいます。特にショッキングなのは、大恐慌の結果、富裕層と貧困層が二倍になり、中間層が縮小しているという都市調査。私も、過去にブログで取り上げました。
クリエイティブ・クラスの多くは、この対立構図の中では、搾取者としての立ち位置となってしまいます。こうした状況を受け、2017年の今年の最新作では、
「反省するところもあって」
というお話になっています。私が大いに期待して勉強している理由がお分かりいただけたでしょうか。
最新本のテーマは、更に乱暴に解説すると、以下のような感じです。
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新経済の牽引役、彼のイメージする”クリエイティブ・クラス”は、引き続き、上昇傾向にあるのに対し、都市部は、第二の危機を迎えた。
第一の危機は、70年台の空洞化。その後、クリエイティブ・クラスが都市部に戻ってきたことで、NY、サンフランシスコやオースティンなどの一部勝ち組都市は、大きな変革の後に素晴らしい飛躍を遂げ、今も躍進を続けている。
しかし、クリエイティブ・クラス自身は順調に歩を固めている反面、他の2種類の階層、つまり、ブルーカラー・クラスとサービス・クラスは、どんどん地位低下し、成功と変貌を遂げつつある都市部から追い出されたり、貧困エリアに封じ込められたりと、さんざんだ。
この問題の一番大きな原因は、都市部不動産価格の高騰にある。
ウエイトレスの仕事が都市部にあるからと言って、そこに仕事を求めて生活の拠点を移しても、サービス・クラスにとっては、貧困度は高まるばかり。この結果、クリエイティブ・クラスが跋扈する都市部では、フツーの人は追い出され、階級の固定化は、深刻化の一途だ。
この問題を解決し、都市部を、我々みんなにとって期待の持てる本物の「躍動する経済ハブ」化するには、ゾーニングなどで、行政が、都市部の市場としての公平さを回復していく介入をしていくしかない。
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出ました。行政介入。行政による用途指定変更により、現在の勝者対弱者の構図を「ちゃぶ台ひっくり返し」するための政策提言です。
というところで、ようやく、ここが、今日のお題です。
この私、しばらく前に、こんな研究を目の当たりにし、首を傾げたことがあります。
「学区制が米国で、良い学校と悪い学校を生み出し、良い学区で家を買うためには、家の価格に、20万ドル上乗せしないといけないほどの金銭的な格差が生じている」
私は大変懐疑的でしたが、実際には私の住む中西部でも、それは、事実でした。
「良い学区に住むためには、購入する家の価格に、実に20万ドルの上乗せをする必要がある!」
この例で見ると、役所が指定学区制を廃止するだけで、おしゃれな都市部どころか、フツーの田舎都市においてすら、不動産価格は、ガタガタになる可能性があるわけです。
アッパー層の票を考えれば、そんなことができるわけはないだろうと普通は思いますが、多少の仕切り直しは、実際にはどこでも頻繁に行われているようです。
最近びっくりしたのは下のケース。
ニューヨークのブルックリンに、P.S.8という学区があるところ、ここにニューリッチが殺到。公立学校がパンクしたため、この地区のお子さんは、近所のP.S.307区に回されることになってしまいました。
P.S.8は、最近開発が始まった元倉庫エリアで、白人率8割以上、P.S.307は、いわゆる昔ながらの”Hood”(黒人、ラティノ8割以上系)なため、恐怖に駆られた白人の親御さんが市に抗議している、という報道。
Race and Class Collide in a Plan for Two Brooklyn Schools
”成金”学区の親御さんはもちろん、学力が大きく劣る”地元”学区の親御さんたちも、「よそ者なんか来ても歓迎できない、自分たちにとってなんの得があるのか」と反対していましたが、結局、この計画はそのまま進行しました。しかも、2017年の段階で見ても、P.S.8の学校は、それでも、パンク状況なんだそうです。
Wait-list is back at PS 8 ? just a year after controversial rezoning
この学区に住む場合、子育て中の親は、当然、子供は私立に行かせることを覚悟することになるのでしょう。
このあたりはちょうどマンハッタンへの通勤には最適な橋の近くですので、この例に限って見る限りは、その程度のことで、ニューリッチの購買熱は下がりそうにありません。まさに、都市部クリエイティブ・クラスには、そのお金があり、また、それだけの給料を出してくれるマンハッタンに通勤しなければいけない必然性があるのです。
しかし、全米レベルで見ると、こんなことがおこったら、多くの都市においては、不動産の価格にとっては大打撃でしょう。
当面、共和党政権が続きますし、民主党も、多数派は既得権を破壊するゾーニング自由化には反対ですので、こうした政策変更に、政治的に現実性があるかといわれれば、当面は、そんなことはありません。しかし、トランプ大統領を支持した層が、階級利益に基づいた投票行動をするリテラシーを備えるに至れば、学区自由化は、この層にとっては医療、年金と並ぶレベルの経済的な意味があるということは明らかです。それが実現しないとしたら、それは、単に”民主主義がまともに機能しないから”というだけの理由でしょう。逆に言うと、「民主国家で民主主義がまともに機能しないこと」を前提にした投資判断を長期にわたり下し続けるって、考え方によっては、結構、それはそれで、合理性がある投資判断かどうか、微妙じゃないでしょうか?
こんな究極の例を持ち出さなくても、他にも、湾岸エリアの物件にとっての連邦洪水保険補助など、不動産価格の方向性が「行政介入や介入方針変更」、または「単なる不作為という消極的介入」によって、ある程度、人為的に支えられていることは、間違いありません。
多くの人が注目するのは金利や融資条件でしょうが、それこそ、実際には、市場が自由に行動しているわけではなく、連邦の融資補助を受けています。
ひいては、予測困難な大恐慌まで想定しなくても、長期的に、こうしたあらゆる要素を考えると、経験を積み、勉強をすればするにつけ、良いエリアを選び、地味に経営をしていけば、エクイティがどんどん積み上がる、という長期投資モデルが実際に実現するかというコツコツ積み上げ型の議論は、所詮、結果論になりかねないと思うようになりました。
実需組にとっては、子供の学区にふさわしく、通勤にも便利なところに持ち家を買うことの価値はプライスレスですので、7,8年以上、居住することがある程度想定される場合は、購入がマルだということに間違いはありませんが、純粋な投資家にとっては、同じ事情は当てはまりません。
お隣のカナダでは、米国より上手な市場運営ができた結果なのか、ここしばらく、ずっと不動産の値上がりが当然視されてきていましたが、ここ数年、加熱懸念が生じ、バンクーバー、トロントと、中国人を中心とする外国人の不動産投資熱を抑えるため、ブリティッシュコロンビア州、オンタリオ州で、矢継ぎ早に、
「外人が不動産を買うときは、税金を、物件価格の15%、まずは前納してね!」
という恐怖の外国人課税が課されることになりました。
Five things: Comparing Ontario's and B.C.'s 15 per cent non-resident real estate tax
しかも、「予定を先にアナウンスすると駆け込み購入でまた値段が上がるから」という懸念があるということで、BC州では、課税はいきなり導入されました。決済を目前に、契約済みの物件購入にあたり、税金納入を課されることになって、悲鳴を上げた外国人がいるとの報道もありました。
行政のこんな素敵な火消しが功を奏したのか、2017年7月のこの夏、トロントは、販売件数が急落し、「不動産価格、今から、4割暴落するかも!」という噂?にみんな恐怖しています。
Toronto home prices haven’t fallen yet, but a major market indicator says they will soon
サンフランシスコやニューヨークで、同じことが行われたら?
今、目立った議論はなく、市場規模はカナダよりずっと大きいですので、なさそうな気はしますが、実際には、誰にもわからないかもしれません。
というのも、思い起こせば、米国で、今の外国人不動産購入関連の規制ができたのは、在外の外国人が不動産を買いまくり、キャピタルゲインを米国で申告せずトンズラしていたからでした。その意味では、カナダの例は、在外外国人に対し、キャピタルゲイン税を前倒しに払ってもらうためなのだと考えれば、別段、今の政策に、捕捉性を更に高めるだけで、別段、大した変更ではないとすら、主張できるかもしれません。
一昔前、ハワイでは、日本人のバブル崩壊の結果、長期停滞が続いたということがありました。本土がバブっていた2000年の最初の数年間まで、ハワイは、今から見ると、割安の時期が続いていたのです。外国人の参入規制で市場が暴落するかもしれないというトロントの例は、日本人が不況で撤退した結果ハワイの不動産市場に起こった停滞期の例を想起させます。
21世紀的なニューエコノミーの国際化が進むことで、日本人リッチマンの植民地的な立ち位置だったハワイだからこその「ハワイ・プロブレム」が、今後は、米国本土の他の都市でも別の形で起きるかもしれない。考え出せば、キリがないですよね。
トランプ大統領が誕生するかどうかだって、誰もわかっていなかわけで、「不確定要素が多すぎる」、そこが、まさに、私のポイントなのです。
その結果、経験を積めば積むほど、長期の見通しに基づいた投資が、怖くなってきました。
勉強自体はぼちぼち続けていますが、それにもかかわらずというか、そのせいか、最近の私、1年先以上の経済動向を見通そうという野心がなくなってきたようなんです、というお話でした。
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